| 熊野関連書籍 |
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熊野古道 (岩波新書) |
| ゆたかな自然に懐深く抱かれた聖地、熊野。「蟻の熊野詣」という言葉に象徴されるとおり、人々は何かに引きつけられるように苦しい巡礼の旅を続けた。中世の記録を読みながら、上皇の御幸や一般庶民の参詣のようす >>続き |
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熊野―万霊の山河(講談社) |
| 「死と再生の国」「信仰の聖地」「日本の原郷」「異界の地」…、さまざまな異称を持つ神秘の国・熊野。今、行ってみたい街道ナンバーワン・熊野古道を歩き、遠く古代、そして異界へと、思いを馳せる。 >>続き |
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熊野―異界への旅(平凡社) |
| 苦難の長旅を経て辿り着く深山幽谷の地は、熊野権現の霊験あらたかな神秘と癒しの浄土であった。身を清め魂を磨きつつ、いざ、熊野へ!
歴史ある社寺、熊野古道や原生林をビジュアルに紹介する。>>続き |
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| Hi-vision
浪漫紀行「熊野古道」 |
| DVDで発売される熊野古道映像!発売予定日2004/07/22 です。 Region 2 (日本国内向け)予約受付中!世界遺産登録間近、ぜひ一度ご覧あれ!! |
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当社は古事記・日本書紀にしるされている熊野村、熊野神邑でありまして遠く第5代孝昭天皇御世の創立と申されます。御承知の通り伊邪那岐伊邪那美さま熊野に参られ御生みになった神々をお祭し、従って熊野は黄泉の国常世の国と読まれ初め家津美御子さまは貴称谷(きねや)、結速玉はアスカの森にニ宇の社、第十代崇神朝には熊野川上流の音無ノ里、結速玉には第十二代景行朝、今の新宮に遷座、当社は熊野の発祥地と云われています。(長寛勘文1163年)(熊野山略記)
阿須賀とは阿は接頭辞、祭祀生活を営む好適条件を備えた霊場とか或は浅州処(あすか)と名づけられる地名で此の地方の国魂神(在来神)であったものが、中世以後熊野隆盛なりし頃御幸日記を見ましても当社奉幣参向、三山に習合準ぜられるようになりました。(中右記1109年)
今国宝が多いのをみても朝野の尊崇が察せられます。社後の森即ち蓬莱山は、第七代孝霊朝、秦人除福始皇帝の苛政を遁れ不老不死の仙薬を採り、童男女三千を卒い五穀百工を携えて東海に船を浮べ当山に参って帰らず子孫繁昌したと伝えられる除福之宮がございます。尚之らの歴史を裏付けるかのように近年数々の考古学的遺蹟と遺物は其の痕跡を証明し中央学界の話題になりました。
平安朝の昔から上下貴賎競って不老長寿神仙境にあこがれ、霊薬ありきときいて蓬莱島を捜し求めて熊野に詣でたのであります。然して熊野路が持つ魅力は観光の魅力、山や川、岩や温泉だけの魅力ではありません。路のすみずみに遺されている歴史と宗教的なものであると申されます。産業国土開発の威によって之らの遺産が消え去り行く中に熊野のみが持つ美しさが云い知られない魅力だと申されております。
神仙説と結ばれた秀麗な蓬莱山の容相、古典的な、たたずまい、熊野阿須賀神社は幾多の記録伝説や考古学の見地から其の古き歴史と信仰生活のあとが偲ばれる蓬山(とこよ)にございます。
「※参照:熊野阿須賀神社について」 |
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| 住所 |
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和歌山県新宮市阿須賀1-2-25 |
| 主祭神 |
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事解男命
家津美御子大神
夫須美大神
速玉大神 |
| 御配神 |
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黄泉道守神
建角美神 |
| 御鎮座 |
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孝昭天皇御代 |
| 拝観料 |
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無料 |
| 年中行事 |
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