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神倉神社は新宮市の西端に聳えたつ権現山の南東端、本社の飛地境内となっている神倉山に鎮座し、御祭神は高倉下命、天照大神である。高倉下命は、神武天皇御東征の時、霊夢の告げによって真剣を得て天皇に奉り、賊軍平定に功績があったことが記紀に詳述されて居る。

皇孫瓊々杵尊の御兄、饌速日命の御子神で、早くから熊野を統治せられ、後には熊野三党、三山祀官の祖となった神にまします。また、神倉山の峻崖は、日本書紀にある天ノ磐盾であると伝えられ、山上の巨石ゴトビキ岩を神の依代と仰ぐ原始信仰であり、更に熊野三所大神が天降り給た霊所でもある。この故に、神倉山は熊野の根本だと古書にも記されている。

古事記によると、社殿の外に峻崖上に拝殿(十二間五尺五寸、五間三尺一寸余)があり、御供所、満山所、子安社、中ノ地蔵堂などがあった。明治三年の台風で拝殿は倒壊、同四十年七月には本社に合祀されたこともあったが、大正七年に至り、復興許可を受けて岩下に小祠を再建、更に昭和に入ってから社務所、神橋、大鳥居(山麓)などが造営され、社殿、玉垣、鳥居(山上)、鈴門などを新築して、御社頭の面目を一新するに至ったのである。山麓の社務所北隣には妙心寺がある。神倉の中ノ地蔵堂の本願として知られて居り、慈覚大師の創立と伝えられ、代々、京都から公卿息女の入寺を例とした由緒ある尼寺である。

神社の太鼓橋側の「下馬」の石標(高さ一米六一、巾四三糎)は、寛文十二年六月、奥州南部の住人が熊野詣七度成就記念、子孫繁栄を祈って造立したとの銘文がある。この他に、藤原実氏卿の歌碑などもあり、特に山麓から山上に至る自然石の積上げによる石段は、源頼朝公の寄進と伝えられ、鎌倉時代の貴重な遺物として知られている。

神倉神社の例祭(お灯祭)は、後述する如く壮観な火祭として名高く、郷土の特殊神事として、和歌山県指定の無形民族文化財となっている。(「神倉神社とお灯祭」速玉文庫第三巻に詳述。)

「※参照:熊野大権現熊野速玉大社御由緒」

 
 
住所
和歌山県新宮市神倉山
主祭神
高倉下命
御配神
天照大神
御鎮座
景行天皇御代
拝観料
無料
年中行事
 
2月6日
例大祭(お灯祭)