| 観音霊場関連書籍 |
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街道を歩く 西国三十三所
(創元社) |
| 江戸時代に盛んになった西国観音巡礼。巡礼絵地図や案内記をもとに、当時の人々の歩いた、全行程約1000キロを踏破。知り尽くした道のすべてをつぶさに紹介する。徒歩巡礼ならではの発見や喜びにあふれた書。 >>続き |
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西国三十三所巡礼
こころと水彩画の旅
(東方出版) |
| 南紀那智の青岸渡寺にはじまり、美濃国谷汲山華厳寺を最終とする西国三十三所巡礼。三十三霊場を巡ってスケッチした四季おりおりの札所の風景を収録する。
>>続き |
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| 光仁天皇の御代(千二百余年前)、この地に住んでいた猟師の大伴孔子古が、発心して弓矢を捨て、奉安する尊像を作ろうと心願を立てた。するとその翌月、一人の童子が一夜の宿を乞うたので、泊めてあげると、その礼に仏像を刻んでやろうといった。望むことなので頼むと、七日の間に、金色等身の千手観音像を彫み上げたが、童子の姿は消え失せていた。孔子古は、童子を観音の化身であったと知り、この像に信心を凝めていた。
話変って河内国に佐太夫という長者がいた。その娘が重病に罹り、今日か明日かの命となった時、一人の童子があらわれ、加持してくれたので、病はたちどころに癒った。童子の去り際に、謝礼の心にと、娘の使い慣れた箸箱を渡すと、それを手にした童子が、用あらば粉河の里に来いと言い残して去った。
佐太夫一家が後を追い、一家揃って粉河へ行き、そこを流れる川に白い粉の浮いているのを便りに、やがて行き当たったのが、孔子古の守る小堂であって、そこに安置してある観音像の手に、娘の渡した箸箱が載っていた。
即ち佐太夫は、孔子古と謀って堂を建て、霊像を安置したのが当寺である。
「※参照:西國巡禮案内記」
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| 住所 |
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和歌山県那賀郡粉河町2787 |
| 宗派 |
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粉河観音宗 総本山 |
| 御本尊 |
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千手千眼観世音菩薩 |
| 開基 |
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大伴孔子古 |
| 創建 |
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宝亀元(770)年 |
| 御詠歌 |
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父母の 恵みも深き 粉河寺 仏の誓ひ 頼母しの身や |
| 拝観料 |
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無料 (本堂内陣300円) |
| 年中行事 |
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1月1日 |
初詣 |
3月3日 |
流し雛 |
旧暦の初午の日 |
初午会 |
8月9日 |
施餓鬼会 |
8月15日 |
不断経会と送り火 |
10月第4土曜日 |
曼荼羅供会 |
12月18日 |
童男会 |
毎月18日 |
観音月並法要 |
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