第一番 青岸渡寺
第二番 紀三井寺
第三番 粉河寺
第四番 施福寺
第五番 葛井寺
第六番 南法華寺
第七番 岡 寺
第八番 長谷寺
第九番 南円堂
第十番 三室戸寺
第十一番 上醍醐寺
第十二番 正法寺
第十三番 石山寺
第十四番 三井寺
第十五番 観音寺
第十六番 清水寺
第十七番 六波羅密寺
第十八番 六角堂
第十九番 行願寺
第二十番 善峰寺
第廿一番 穴太寺
第廿二番 総持寺
第廿三番 勝尾寺
第廿四番 中山寺
第廿五番 清水寺
第廿六番 一乗寺
第廿七番 圓教寺
第廿八番 成相寺
第廿九番 松尾寺
第三十番 宝厳寺
第卅一番 長命寺
第卅二番 観音正寺
第卅三番 華厳寺
番外札所 法起院
番外札所 元慶寺
番外札所 花山院

観音霊場関連書籍
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光仁天皇の御代(千二百余年前)、この地に住んでいた猟師の大伴孔子古が、発心して弓矢を捨て、奉安する尊像を作ろうと心願を立てた。するとその翌月、一人の童子が一夜の宿を乞うたので、泊めてあげると、その礼に仏像を刻んでやろうといった。望むことなので頼むと、七日の間に、金色等身の千手観音像を彫み上げたが、童子の姿は消え失せていた。孔子古は、童子を観音の化身であったと知り、この像に信心を凝めていた。

話変って河内国に佐太夫という長者がいた。その娘が重病に罹り、今日か明日かの命となった時、一人の童子があらわれ、加持してくれたので、病はたちどころに癒った。童子の去り際に、謝礼の心にと、娘の使い慣れた箸箱を渡すと、それを手にした童子が、用あらば粉河の里に来いと言い残して去った。

佐太夫一家が後を追い、一家揃って粉河へ行き、そこを流れる川に白い粉の浮いているのを便りに、やがて行き当たったのが、孔子古の守る小堂であって、そこに安置してある観音像の手に、娘の渡した箸箱が載っていた。

即ち佐太夫は、孔子古と謀って堂を建て、霊像を安置したのが当寺である。

「※参照:西國巡禮案内記」


 
 
住所
和歌山県那賀郡粉河町2787
宗派
粉河観音宗 総本山
御本尊
千手千眼観世音菩薩
開基
大伴孔子古
創建
宝亀元(770)年
御詠歌
父母の 恵みも深き 粉河寺 仏の誓ひ 頼母しの身や
拝観料
無料 (本堂内陣300円)
年中行事
 
1月1日
初詣
3月3日
流し雛
旧暦の初午の日
初午会
8月9日
施餓鬼会
8月15日
不断経会と送り火
10月第4土曜日
曼荼羅供会
12月18日
童男会
毎月18日
観音月並法要