| 観音霊場関連書籍 |
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街道を歩く 西国三十三所
(創元社) |
| 江戸時代に盛んになった西国観音巡礼。巡礼絵地図や案内記をもとに、当時の人々の歩いた、全行程約1000キロを踏破。知り尽くした道のすべてをつぶさに紹介する。徒歩巡礼ならではの発見や喜びにあふれた書。 >>続き |
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西国三十三所巡礼
こころと水彩画の旅
(東方出版) |
| 南紀那智の青岸渡寺にはじまり、美濃国谷汲山華厳寺を最終とする西国三十三所巡礼。三十三霊場を巡ってスケッチした四季おりおりの札所の風景を収録する。
>>続き |
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| 人皇二十九代欽明帝御病気で御悩みの時、行満上人に勅して祈願せしめられたところ、忽ち御平癒になったので勅二を降して、三間四面の堂宇を建立し、丈六弥勒慈尊の像を安置せしめられた。
四十九代光仁帝の宝亀二年、当山中興の祖法海上人一夏九旬の安居会を厳修せられたところ、結願の日に和泉大津の浦(現在の泉大津市)に紫雲に包まれた千手観音の示現を拝し、歓喜して帰山直ちに一刀三礼の丹誠をこめてこの尊容を模刻し安置せられた。
六十五代花山天皇脱履西国御順拝の砌、三番粉河寺より当山へ御参拝の途中、山路険難の所で日暮れて道に迷い頗る御当惑の折柄、遥か北の方に駒の勇み嘶く声を聞かれこれを唯一の頼りに恙なく当山に参着せられたので感激のあまり「深山路や云々」の和歌を詠じられた。
弘法大師は二十歳で当山に登り、時の住僧勤操大徳を戒師として愛染堂で剃髪せられ、苦修錬行の古跡として求聞持堂、捨身ヶ岳、仏岳、音無川、満願の滝、讃岐向不動等が現存している。
「※参照:西國巡禮案内記」
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| 住所 |
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大阪府和泉市槙尾山町136 |
| 宗派 |
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天台宗 |
| 御本尊 |
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千手千眼観世音菩薩 |
| 開基 |
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行満上人 |
| 創建 |
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欽明天皇御代 |
| 御詠歌 |
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深山路や 桧原松原 わけゆけば 槇の尾寺に 駒ぞ勇める |
| 拝観料 |
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無料 |
| 年中行事 |
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1月1日〜3日 |
修正会 |
1月8日 |
秘伝木建て |
2月3日 |
節分会 |
5月15日 |
御本尊開扉開帳法要 |
6月4日 |
山家会 |
8月9日 |
千日観音先祖供養 |
11月24日 |
天台会 |
毎月18日 |
観音法会 |
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