| 観音霊場関連書籍 |
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街道を歩く 西国三十三所
(創元社) |
| 江戸時代に盛んになった西国観音巡礼。巡礼絵地図や案内記をもとに、当時の人々の歩いた、全行程約1000キロを踏破。知り尽くした道のすべてをつぶさに紹介する。徒歩巡礼ならではの発見や喜びにあふれた書。 >>続き |
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西国三十三所巡礼
こころと水彩画の旅
(東方出版) |
| 南紀那智の青岸渡寺にはじまり、美濃国谷汲山華厳寺を最終とする西国三十三所巡礼。三十三霊場を巡ってスケッチした四季おりおりの札所の風景を収録する。
>>続き |
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| 推古天皇の御代(1400年前)に淡路の海上に1個の唐櫃が流れ寄った。漁民がこれを引き揚げ、櫃を開いて見ると、中に黄金の観音像一躯が納められてあり、これに「日本の天皇に奉る」といった意味の書き物が添えてあった。即ち朝廷に献ると、聖徳太子がこれを御覧になり、七世の守本尊であると敬われ、1本の大杉をもって六角堂を建立し、これを安置することになったが、このとき妹子大臣の、発願により、禿杉という名木もて如意輪観音像を彫作し、その胎内に前記の黄金像を納めることになった。
これ即ち当寺の本尊であって、また六角堂の開基である。伝説としては桓武天皇が都を平安に移されるとき、一条二条の町筋を定めるに際し、本堂が恰も道の中央に跨っているので、この処置に悩んだ。ただ民家なら取毀ち得るが、観音御堂とあっては、手のつけようがないので、そのままにしておくと、雲低く下りて視界を遮った或る夜、堂の人の知らぬまに、北の方へ50尺ほど移動していたという。今この地を六角通りと称えている。
「※参照:西國巡禮案内記」
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| 住所 |
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京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町 |
| 宗派 |
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単立 |
| 御本尊 |
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如意輪観世音菩薩 |
| 開基 |
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聖徳太子 |
| 創建 |
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用明天皇2(587)年 |
| 御詠歌 |
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わが思う 心のうちは 六の角 ただ円かれと 祈るなりけり |
| 拝観料 |
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無料 |
| 年中行事 |
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正月3ヶ日 |
初詣 |
1月5日 |
初生け式 |
1月18日 |
初観音 |
2月22日 |
太子祭 |
4月8日 |
花まつり |
6月30日 |
道祖妹子祭 |
7月28日 |
唐崎明神例祭 |
11月17日・18日前後 |
旧七夕会・池坊全国華道展 |
12月18日 |
しまい観音 |
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