住所 大阪府河内長野市寺元475
  宗派 高野山真言宗
  御本尊 如意輪観世音菩薩
  開基 役行者神変大菩薩
  創建 大宝元(701)年
  拝観料 300円

1月1日〜5日 初詣
1月7日 七日堂修正会
2月3日 節分星祭
3月彼岸中日 春季彼岸法要
4月6日 後村上天皇御国忌
4月第一日曜 献茶会
4月17・18日 秘仏本尊御開扉
5月20日〜26日の日曜 楠公祭
8月23日 地蔵盆
8月25日 牛滝祭
9月彼岸中日 秋季彼岸法要




観心寺は文武天皇の大宝元年(七〇一)、役小角によって開かれ、初め雲心寺と呼ばれていた。その後、平安時代の初め大同三年(八〇八)に弘法大師空海が当寺を訪ねられた時、境内に北斗七星を勧請され、弘仁六年(八一五)、衆生の除厄のために本尊如意輪観世音菩薩を刻まれて寺号を観心寺と改称される。

弘法大師は当寺を導興大師実恵に附属され、実恵は淳和天皇から伽藍建立を拝命して、その弟子真紹とともに天長四年(八二七)より造営工事に着手された。以後、当寺は国家安康と厄除の祈願寺として、また高野山と奈良・京都の中宿として発展する。

後醍醐天皇は当寺を厚く信任され、建武親政後(一三三四頃)、楠正成を奉行として金堂外陣造園の勅を出され、現在の金堂ができた。正成自身も当寺に報恩のため三重塔建立を誓願される。

延元元年(一三三六)、神戸の湊川で討死後、正成の首級が当寺に送り届けられ、首塚として祀られている。その後、当寺は足利、織田、徳川にそれぞれ圧迫を受け、最盛期五十五坊あった塔頭も現在わずか二坊になっているが、境内は史跡として、自然に恵まれた環境の中で、山岳寺院の景観を保持している。

「※参照:高野山真言宗観心寺 草創・開基」

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