| 修験道関連書籍 |
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図説 役行者
修験道と役行者絵巻
(河出書房新社) |
| 名刹に遺された秘宝を紹介しつつ、日本古代史の謎の超人・役行者の全貌と日本人の信仰の原点を明らかにする。国内外の美麗な「役行者絵巻」4本もカラーで紹介。 >>続き |
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役行者霊蹟札所巡礼
(朱鷺書房) |
1300年の昔に活躍した役行者は、修験道の開祖と崇められる。近畿各県にある役行者ゆかりの36寺が集まり巡拝霊場が結成された。その巡礼ガイド。縁起、地図・道順などを詳説。
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修験道―その歴史と修行
(講談社) |
山岳を神霊、祖霊のすまう霊地として崇め、シャーマニズム、道教、密教などの影響のもとに成立した我が国古来の修験道―。筆者自らが現場に立ち合って調査した、臨場感あふれる興味深い論考。開祖役行者が修行したとされる吉野を中心として、修験宗各派の教義と活動の場を詳細に比較研究し、「行」の重要な役割を浮き彫りにする。
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観心寺は文武天皇の大宝元年(七〇一)、役小角によって開かれ、初め雲心寺と呼ばれていた。その後、平安時代の初め大同三年(八〇八)に弘法大師空海が当寺を訪ねられた時、境内に北斗七星を勧請され、弘仁六年(八一五)、衆生の除厄のために本尊如意輪観世音菩薩を刻まれて寺号を観心寺と改称される。
弘法大師は当寺を導興大師実恵に附属され、実恵は淳和天皇から伽藍建立を拝命して、その弟子真紹とともに天長四年(八二七)より造営工事に着手された。以後、当寺は国家安康と厄除の祈願寺として、また高野山と奈良・京都の中宿として発展する。
後醍醐天皇は当寺を厚く信任され、建武親政後(一三三四頃)、楠正成を奉行として金堂外陣造園の勅を出され、現在の金堂ができた。正成自身も当寺に報恩のため三重塔建立を誓願される。
延元元年(一三三六)、神戸の湊川で討死後、正成の首級が当寺に送り届けられ、首塚として祀られている。その後、当寺は足利、織田、徳川にそれぞれ圧迫を受け、最盛期五十五坊あった塔頭も現在わずか二坊になっているが、境内は史跡として、自然に恵まれた環境の中で、山岳寺院の景観を保持している。
「※参照:高野山真言宗観心寺 草創・開基」 |
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| 住所 |
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大阪府河内長野市寺元475 |
| 宗派 |
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高野山真言宗 |
| 御本尊 |
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如意輪観世音菩薩 |
| 開基 |
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役行者神変大菩薩 |
| 創建 |
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大宝元(701)年 |
| 拝観料 |
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300円 |
| 年中行事 |
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1月1日〜5日 |
初詣 |
1月7日 |
七日堂修正会 |
2月3日 |
節分星祭 |
3月彼岸中日 |
春季彼岸法要 |
4月6日 |
後村上天皇御国忌 |
4月第一日曜 |
献茶会 |
4月17・18日 |
秘仏本尊御開扉 |
5月20日〜26日の日曜 |
楠公祭 |
8月23日 |
地蔵盆 |
8月25日 |
牛滝祭 |
9月彼岸中日 |
秋季彼岸法要 |
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