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阿弥陀山松尾寺は、大阪府和泉市松尾寺町に在り、御本尊は如意輪観世音菩薩で、天台宗に属し、比叡山延暦寺の末寺であります。第三十九代弘文天皇の白鳳元年(西暦六七二年・紀元一三三二年)役行者の開基であります。役行者が、この山で修行中に楠の霊木を以って「如意輪観世音菩薩」の尊像を刻んで安置されたのであります。その後、越前の泰澄大師が入山され立派な諸堂を建立しました。

第五十四代仁明天皇によって定額寺とされ、いわば国立のお寺となったのであります。平安時代に天台の高僧慈覚大師が薬師如来の像を安置されたと記録にありますが今はありません。弘法大師が如意輪陀羅尼経を写経して宝前に納めています。又、不動明王像を刻んで納められました。

第八十一代安徳天皇の四年(西暦一一八四年・紀元一八四四年)源平一ノ谷の合戦の戦死者の首級を源義経が当寺へ送って葬りました。(首堂)当寺が最も栄えたのは、南北朝〜室町時代にかけてで、口伝に依ると寺領七〇〇〇石・寺坊三〇八を数え僧兵何千人とかかえていました。又、大塔宮護良親王要請に依り、南朝に味方した。

第九十九代後亀山天皇が、当時の教賢大僧正の十三回忌(応永三年・西暦一三九六年・紀元二〇五六年)宝篋印陀羅尼経を写経して納められました。天正五年に織田信長が禁制を下して当寺の保護を約束されたのに、天正九年全山を焼き討ちしました。(西暦一五八一年・紀元二二四一年)その時、日輪院の長瑜という八十一才の老僧が、寺宝・古文書を携えて堺へ避難してくれました。「松尾寺破滅記」は僧長瑜の筆であります。三〇余の寺坊も現在宝瓶院、明王院の二ヶ寺が現存しております。

豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行として四天王寺の阿弥陀堂(鎌倉時代)を移されたのが現在の本堂であります。(府文化財指定)徳川時代の代々の将軍も御朱印を下して厚く当寺を保護されました。当寺は鎮護国家のため、一隅を照らし得る人材を養成するために建てられた寺であります。

「※参照:松尾寺略縁起」

 
 
住所
大阪府和泉市松尾寺町2168
宗派
天台宗
御本尊
如意輪観世音菩薩
開基
役行者神変大菩薩
創建
弘文天皇白鳳元(672)年
拝観料
無料
年中行事
 
1月3日
修正会
2月3日
節分会
3月
春彼岸会
4月第一日曜
御影供(大法要 採灯大護摩供)
8月7日
施餓鬼会
8月23・24日
地蔵尊祭
9月
秋彼岸会
11月(旧10月15日)
松尾明神供