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千二百余年前の神亀五年神仙境龍門山麓に創立、開山義渕僧正始め歴代高僧の加持祈祷のあらたかな霊験に遠近をとわず参詣者で賑わった。学問の神様として敬仰される菅公は此寺で生まれたと伝えられ、うぶゆの池、両親の墓などがあり、

人は鳥の如く路をうがつて出て
地は是龍門、水をおって登る

という菅公の詩が残されていた。菅公は清和上皇に随行、寛正十年(1091年前)龍門寺まいりをした時のようすが扶桑略記巻二十三にくわしく書かれている。三輪寺の学僧慶円上人は建保年中(約760年位前)当寺に移り、大般若経、外多数の経典を書写している。

永正三年(477年前)火災にかかり廃寺同然となる。京都御室御所では由緒ある此寺の衰亡をみるに忍びず、吉野山櫻本坊五十一世快済法印に再建を懇請。法印は再三固辞したが不退転の決意のもと、天明二年(201年前)四十六才で櫻本を弟子に譲って当地に移住、東側の山を削り台地を造成山門、庫裡、本堂等を新築する。

世は天明のききん年、世情不安、不況のドン底、櫻本を始め法印出身地鹿児島の縁者、地元の特志家など金策に奔走、十三年の歳月をかけて完成した。その十五年後、文化五年(174年前)義渕僧正と慶円上人の供養をかねて落慶法要を営む。

其後紆余曲折哀頽の一途をたどってきた矢先、はからずも奇蹟が起る。ふしぎな夢告により北海道小樽の三条妙節師が来山、修理復興、八十八ヶ所霊場の整備も完了、高野山中川善教大僧正の御力添えにより法燈が蘇える。

尚全国でも珍しい馬堀法眼画伯の精魂こめて謹写された歴代天皇の御寿像を奉安している。それは開山義渕僧正が幼少の時天智天皇に養育されたという故事によるものであり、当寺では代々皇室の繁栄を祈り御供養を続けてきた。

「※参照:菅生寺縁起」

 
 
住所
奈良県吉野郡吉野町平尾(元龍門)
宗派
高野山真言宗
御本尊
阿弥陀如来
開基
義渕僧正
創建

神亀5年

拝観料
無料
年中行事
 
1月24日
天満宮大祭
2月3日
大護摩厄除星祭
4月21日
春季大会式
9月21日
秋季大会式