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聖徳太子関連書籍
聖徳太子の実像と幻像
(大和書房)
「聖徳太子非実在論」をめぐる考察や、聖徳太子と日本書紀の関係、現在に残る資料から推察する聖徳太子の実像など、謎に満ちた人物「聖徳太子」を徹底解明する。 >>続き
 
聖徳太子の寺を歩く(JTB)
聖徳太子が創建に関わっている寺や、太子伝承が残る寺院を紹介。貴重な仏像、美術品の写真も多数掲載。『四天王寺誌』97年1月〜2001年7月連載の「太子の寺」を加筆訂正して上梓。掲載データは2001年8月末現在。 >>続き
 
聖徳太子の真実(平凡社)
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>>続き
 
 
叡福寺は聖徳太子(574-622)の御廟を守るために建てられた寺である。推古天皇30(622)年太子の母、穴穂部間人大后の眠る御廟に太子と妃の膳部大郎女が合葬された折、推古天皇より方六町の地を賜り、霊廟守護のために僧坊十烟(墓守の家10軒)を置いたのが始まりといわれている。

太子は敏達天皇の元年、飛鳥の地に誕生。20歳のとき、日本最初の女帝で叔母に当たる推古天皇の摂政に就任、31歳で日本最古の成文憲法『十七条憲法』を起草した。今日でもなお新鮮さを失わないこの憲法には、第一条に「和をもって貴しとし、忤うことなきを宗とせよ」という有名な言葉が書かれ、第十条には「われかならずしも聖にあらず。かれかならずしも愚にあらず」とある。

人間は誰でもすぐれたところも、愚かなところも持った平凡な存在なのだから、重要なことについては和をもって互いに議論し合って決めようではないかという主旨の、現代の民主主義の先鞭ともいえる言葉である。

大陸文化を積極的にとり入れた太子はまた、法隆寺や四天王寺を建立するとともに、仏教によって人々を教化しようと試みた。生きとし生けるものの究極のよりどころを仏教に求め、仏教を通して理想的な国家や社会組織を築こうとしたのである。したがって憲法第五条では、役人たちに私利私欲を捨てて自らの人格の向上をめざし社会に奉仕せよと訴えている。

このように常に人民の側に立って政治を行ったので、太子は人々に慕われ敬われて、薨去の後には救世観音の生まれ変わりと信じられ、太子信仰が生まれた。なかでも太子の御廟がある叡福寺は、太子信仰と大乗仏教の聖地として栄え、空海や親鸞、日蓮を始めとして多くの聖人たちが訪れ、修行して道を切り拓いたところである。

「※参照:叡福寺の起源と聖徳太子」

 
 
住所
大阪府南河内郡太子町太子2146
宗派
単立
御本尊
如意輪観世音菩薩
開基
推古天皇
創建
推古30(622)年
拝観料
無料
年中行事
 
1月1・2・3日
修正会
2月15日
涅槃会
3月18日〜24日
春の彼岸会
4月11日
大乗会
 
金堂法要・聖霊殿御法楽
 
御廟参拝・詠歌奉納
 
献華(御室流社中奉仕)
4月12日
大乗会
 
御献茶(表千家家元奉仕)
 
柴灯大護摩厳修・お餅まき
8月13・14・15日
孟蘭盆会・施餓鬼会
9月20日〜26日
秋の彼岸会
毎月11日
月並太子会
毎月21日
御影供
毎月第2日曜日
御詠歌講習会・水子供養