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聖徳太子関連書籍
聖徳太子の実像と幻像
(大和書房)
「聖徳太子非実在論」をめぐる考察や、聖徳太子と日本書紀の関係、現在に残る資料から推察する聖徳太子の実像など、謎に満ちた人物「聖徳太子」を徹底解明する。 >>続き
 
聖徳太子の寺を歩く(JTB)
聖徳太子が創建に関わっている寺や、太子伝承が残る寺院を紹介。貴重な仏像、美術品の写真も多数掲載。『四天王寺誌』97年1月〜2001年7月連載の「太子の寺」を加筆訂正して上梓。掲載データは2001年8月末現在。 >>続き
 
聖徳太子の真実(平凡社)
「聖徳太子は実在しなかった」と主張して大きな反響を呼んだ編者を中心に、歴史学、国語学、宗教学などの気鋭の研究者が関連史料を総点検。太子像の真実とその信仰の謎を解く。
>>続き
 
 
用明天皇2年(587)4月「仏法に皈依する」旨の詔勅があり、崇仏派の蘇我馬子と俳仏派の物部守屋が激しく対立し、守屋の本拠「渋河の館」(当寺)を中心として、河内一円を鮮血で染める民族の一大悲劇が展開された。

16歳でこの戦に参加された太子は、守屋の大軍に包囲され「むくの大樹」の幹の空洞にかくれ九死に一生を得らる。尋常な戦法では勝利のめどなしと考えられた太子は恩樹むくの木で自身の像を刻まれ自ら16歳の黒髪を断ち切り植髪された(本尊)。むくの木を取巻くように茂っていた白膠木で四天王の像を刻まれ、これを馬子以下四大臣に見立てて頭髪に頂かしめ必勝の誓願をたて物部守屋を倒された。

乱後太子は「二度とかかる惨事がわが国に起こらぬよう」仏法の「和の精神」を後世に伝えるため植髪尊像と戦を勝利に導いた四天王像を安置する太子堂を建立され、わが国仏法の根本道場とされた。推古2(594)年天皇はむくの木の徳を讃え山号を「神妙椋樹山」とし、太子戦勝を得られたゆえをもって「大聖勝軍寺」の寺号を賜う(日本書紀・聖徳太子伝)。

「※参照:大聖勝軍寺しおり」

 
 
住所
大阪府八尾市太子堂3-3-16
宗派
真言宗
御本尊
植髪太子(聖徳太子)
開基
聖徳太子
創建
推古2(594)年
拝観料
無料
年中行事
 
4月22日
聖徳太子会式法要
8月15・16日
絵燈籠供養
3・9月彼岸中日
彼岸法要